ネット界の座敷童を目指します
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 ここ最近、撮影された名刺をデータとして一定フォームに入力するという仕事を請け負っている かれこれ一ヶ月が経ち、色々慣れてくると、その名刺の持ち主の「クセ」が透けて見えるようになる 例えば、純白という極めてシンプルな背景に所属先・役職・姓名・住所・電話番号・メールアドレスを実に簡潔に記された名刺は、文句無しの誠実さと良識を弁えた人を表すものと思われる一方で、やけに綺羅びやかでそのくせ知りたい情報がすぐに判らない・見つからない名刺は、単なる社交辞令で名刺を配っているだけで実は顧客を選んでいるのだとの思惑が見え隠れしているようなものも さらには「これは名刺なのか?」と首を傾げたくなるほどに凄まじい量の肩書と資格が羅列され、もはや最初っから読ませる気の無い挑戦的なものまである さっき打ち込んだとある名刺には驚かされた 表にはゴテゴテした大サイズフォントで〇〇コンサルタントと名乗り、それだけならまだ良かったが裏にはウリ文句とこれまでの生涯とこれまでに獲得した資格の一覧がびっしりと書き込まれているのである 顧客の立場からすれば正直そんなものどうでも良く、ウリとなる業務さえやってくれればそれで良い筈なのだけど、この者はどういう考えか「とにかく自分はこれだけ出来るんだゾということをアピールすれば勝手に仕事はやってくるもの」と考えているように見える なるほど今は先が見通せない時代だから、相手は出来るだけ「仕事が出来そうなコンサルタント」を選ぶという需要は確実に発生するわけで、となるともう何でも良いから「釣り餌」をぶら下げてさえおけば後は勝手に向こうから食いついてくる、ということなんだろう そんなことを本気で考えてこんな雑多な内容の名刺を拵えたとすれば、随分と顧客を舐めていると言うかコンサルティングという仕事を軽く考えていると言うか、そもそも世の中をバカにして見下していると勘繰らざるを得ない もしワシ自身がコンサルティングを必要としている顧客だったら、こんな落書きだらけの名刺をバラ撒くようなコンサルタントには絶対仕事は頼まない 名刺というのはその者の心の内を書き写す鏡と考えるからだ シンプルに必要な事項だけを簡潔に記すのは、その者に隠しだてすべき疚しいところが無いから 逆にこれでもかこれでもかとぐちゃぐちゃ書き連ねるのは、その者の疚しいところを覆い隠そうとする意図があるから どんな仕事でも、まず信頼関係を構築するところから全ては始まる 誰しもどこの馬の骨とも判らぬ見ず知らずのボンボンに大枚叩きたくなんか無いはずである 名刺とはまさに自分がこの「どこの馬の骨」であるかを赤裸々に告白し、最初の信用を得るべき大事なツールだ その信用を得るにはまず「自分が相手にとって如何に無害か」を訴求するのが早道である というか「自分が他人にとって無害かどうかは他でもない自分自身が一番良く知っている」わけで、明らかに人畜無害であると自覚しているなら、相手に伝えるべきは自分の所属と役職と名前だけで良い これに対し、自分が相手に仇為す存在であると解っているならまずすべきは「如何に自分は敵では無いか」の訴求であり、それが件の「資格の羅列」や「訊いてもいないその者の生涯」となって現れる つまるところ「敵では無いアピール」が先行し過ぎて、肝心の信用を得る努力が後回しになってしまっているという、もう本末顛倒とも言うべき余計な手数がここで発生してしまっているのである 世に蔓延る詐欺師は概して綺羅びやかで美味いことだけをべらべら喋りまくるのは誰しも知っていることだろうし、そんなものに引っ掛かるのは余程の純粋無垢かただのバカなんだろうと嘲笑うことだろう ところがさにあらず、詐欺師というものは割とすぐそこにいるもので、配られた名刺を見ればそれは一発で判る 仕事が欲しいのか欲しくないのか=信用を得たいのか得たくないのか 名刺入力という仕事は、そうした資本主義社会の闇が透けて見える、大変おもしろい仕事だ PR
ちょっとこの動画を観て欲しい
https://www.youtube.com/watch?v=GZg0CkPTAis 「Taxis in Japan line up in an orderly fashion to pick up passengers」という英題が付されているが、要するに「日本のタクシーは客待ちでさえも規律正しい」ということを言いたいらしい いや、逆なんだよね ここまで規律正しく並ばないと客にありつけないの 日本のタクシーの乗り場って大抵狭い空間なので無秩序に付け待ちしてたら中はたちまち大混乱になる 我々タクシーの給与は基本的に歩合給なのでとにかく客を積めないと話にならないのだが、駅にさえ行ければ確実に客にはありつけるので余計に無秩序になりがち そこで皆の逸る心を抑えるべくこうして規律正しく並ぶ必要が生じるわけ しかし、客にさえありつければ良いのかと言うとこれがまたちと違う 前述の通り、タクシー運転者の給与は基本的に歩合制であり出来高払いではない ここで言う「出来高」とは決して「客を乗せた回数」ではなく、それどころか回数と売上は必ずしも比例しないのが実情である 何をバカなと思われるかも知れぬが、例えばこういうケースだ: 一日の売上ノルマが2万円だったと仮定する この日乗ってくる客の全てが初乗り730円しか乗らなかったとすると、そこに達するまでには少なくとも30回は繰り返し積む必要がある しかし中には一発1万円の超ロング客も少なからずいて、これなら乗せる回数はたった二回で済む タクシーという業務には必ずと言って良いほど「待ち」が発生する それは流し中であったり、この動画のように駅で待ってる場合も含む この最中は当然数字はゼロであるから収入もゼロになるわけで、我々タクシー運転者はこの「待ち」をどういなすかに全てを腐心することになる 逆に言えばこの「待ち」を上手くいなせれば、ノルマ達成はそれほど難しいことではない 簡単である 「常に客にありつける乗り場で待っていれば良い」のだ しかし先にも述べた通り、いくら客にありつけると言ってもその全てが初乗りだったのではそのノルマは甚だ遠いと言わざるを得ない しかも昨今は働き方改革の一環および国交省からの締付け強化で労働時間が厳しく制限されているので、一出番あたりの物理的な乗せれる回数はおのずと制限されてしまう ではどうするか 更に簡単である 「高単価客が見込める乗り場で待っていれば良い」 これなら出番あたりの回数は少なくなるかも知れないが単価が高いのでそれで全く構わない、という状況が必然的に生まれる しかも「待ち」を効果的に吸収も出来るので、初乗り客をシコシコこなしたのと同じ結果が得られる 何度も述べるがタクシー運転者は歩合給である その中身は実はどうでも良く、とにかく数字を揚げさえすればよいのだ そうなると、クソ真面目に流しまくり、大して実入りの見込めない近距離客にペコペコするのがバカらしくなる一方で、どうせ同じ数字ならラクして揚げられたほうが物理的にも肉体的にも、何より精神的にも充分なメリットを享受できるというわけだ むろん、その間には何回かの近距離客にも遭遇することになる 出来れば毎回毎回そこそこの単価客に当たることを我々は欲するため、そのときはどうしても落胆を隠すことはできないし、むしろ敢えて落胆を表に出すことで二度とその客がその乗り場から乗ってこないように仕向けることを「ワザ」として使う者も居る 件の動画はどうやら広島駅のようだが、広島駅といえば新幹線停車駅である 新幹線から降りて来る客は概して大荷物かつ疲弊していて、この先何回かの乗り換えを経てやっと目的地に辿り着くことになるのだが、この乗り換えを嫌って比較的長い距離をタクシーに乗る、という需要が必ず、しかも根強く発生するのである さすがに一回1万円は中々当たらないが、5千円程度の中距離なら真っ昼間でも充分見込めるので、先のノルマが2万円であれば、どんなに待ち時間が長くとも4回乗せればその日の仕事を終えられる タクシー運転手のくせにラクして稼ごうなんざケシカラン、という声が必ず聞こえてくるのだが、そもそもラクして稼ぐのは商売の基本である というかラクしたいから商売するのであって、決して責められるべき話ではない そんなこと言ってたらこの世の商売という商売全てを真っ向から否定することになり、ひいては資本主義への真正面からの挑戦と受け止められかねない 事実、タクシー運転手の歩合給の反映に数字だけが殊更に重視されその中身はてんで見て貰えない現実があるかぎり、これはタクシー業界挙げての暗黙の了解であることはありありと読み取ることが出来る 昨今、タクシーを利用した様々なイノベーションが盛んだが、その負担はどうしたって末端の我々タクシー運転者が負わされることになる その我々が満足できないイノベーションが定着した例は、これまで一度もないのだ 我々の満足するイノベーション、それは「歩合給の完全撤廃」 数字数字に追われてハンドルなんか握りたくないのである 色々危なっかしくなるからねどうしても たったこれだけで、内外問わず多くの人々が目を瞠るような素晴らしいイノベーションが実現されるように思うのだが、皆はどうだろうか タクドラやめることになります まさか道行くタクシーの姿を観ただけで過呼吸になるとは思いもしなかった これはもうダメかもわからんね 1998年より続けてきたワッパ稼業 この2019年を以ていよいよ足を洗うことになるのか 皆の衆刮目して見よ 昨年5月から今年3月いっぱいまで休職 うち11,12月は復職したもののすぐにぶり返し今に至る 昨年のうちは自宅内でとにかく何もせずぼーっと過ごし、二回ほど旅行にも出掛けた 多分近いうち復職するだろうからっていう甘い観測があったからだと思う だけど今年は違う もう後がない 何故なら二度とタクドラに戻れないことが確定してしまったから だからこの3月から本気で副業してる というかこれが本業になるかも知れない いや本業にしないといけない ワッパ握ること以外に飯のタネがない自分にとっちゃ恐らくこれが最後の砦 よもや、目の前にある趣味Macを仕事に使うことになるとは 人生何が役に立つことになるかわからんものだ 画像はうちの営業所に居候してたご家族 あいつら本当に邪魔で危なくて交通ルール何それおいしいのっていうクソ舐めたことばかりしてる ここまで世間の憎悪集めてるの知らないわけがないくせにそれでも縦横無尽のやりたい放題 完全に他の交通どころか世の中そのものをバカにして見下してる 自分は交通弱者だし何の罪もない一般市民だし何より清く正しき納税者だからから何もされないと思っていい気になってる 死ぬほど痛い目に遭わないとマジで解らないんだろうな ていうか死ねよ 脳みそも臓物も盛大にぶちまけて ってまさか面と向かって言えないので、何故ああも彼らは傍若無人に走り回れるのか真剣に考えてみたい そもそも彼らは何故自転車に跨りそして漕ぐのかという問いに返ってくる答えは「便利だから」 しかしわざわざ自分の力を労せずとも、適切なハンドル操作でアクセルさえ踏み込めばちゃんと思うように走ってくれる「自動車」というさらに便利なものがあるし、免許がなくてと言うなら電車もバスもあるのに、彼らはそれを殊更に拒絶して自転車を選ぶに至っているわけだ これらを「便利だから」の一言で横に片付けるに足る理由が自転車にはあるというのか ここを詰めるとさらなる答えが得られるがそれは「置く場所に困らないから」 なるほど車なら一度走らせた以上は何処かに置く必要が生じるわけでそこは得てして有料駐車場だったり駐禁覚悟で路上駐車したり色々気も金もつかう必要があるが、自転車なら確かに車ほどその必要はない とは言え歩道の点字ブロックの上とか出入りの激しい店先とかそんなところに置かれてしまってはさしもの自転車も邪魔者扱いだし、第一自転車といえども許可なく放置したら強制撤去の憂き目に遭うことは流石に知らぬわけではあるまい するとまたさらなる答えを得ることになる「エコだから」 ふむ確かに燃料を一切使わず己の脚力のみで事を為し得る自転車は何の公害も齎さぬが、それだけで日々の仕事や用事を成し終えるには甚だ時間が足りなくなるのではないだろうか すると結局は何処かで自転車より速くて便利な移動手段に頼る必要が出てくるわけで、それらは必ず某かの公害を齎すので遅かれ早かれ最終的にはその片棒を担ぐことになる ここまで問い詰めてなお彼らは自転車に縋った挙げ句出てくる言葉は「お前らが気をつけろ」 我々とて何も気をつけていないわけではないし気をつけなきゃいけないのはそちらも同様なわけで、そこまで押し付けられる謂れはそもそもない 自分たちは気をつけなくても良い雲の上の存在だとでも言わんばかりの態度になる ・・・??? じゃあ結局彼らは何故自転車に乗るのか? 合理的な答えが一切導き出せないどころか逆ギレされる始末 まるで「おおっぴらに傍若無人に走り回れるのが自転車の最大のメリット」とでも言いたいかのよう ある時は車両宜しく車道を堂々と走り、かと思えば赤信号に差し掛かるや否や歩行者に変わり身をしてこれまた堂々と歩行者用横断歩道を自転車に跨ったまま走り抜ける 車両と歩行者のいいとこ取りしてやまない存在、それが自転車なのだ しかもいざとなれば「交通弱者」の印籠を振りかざして常に被害者であろうとし、弱い立場であろうとする つまり「我々自転車乗りはいつも虐げられている存在だからもっと気を遣え」ということなのだ 逆を言えば「気を遣ってほしいから自転車に乗っているんだ文句あるか」ってことになる それってただの自意識過剰なのではないだろうかね? ルールは守らない、被害者ヅラする、そのくせ人より目立ちたい そんなやつらはなるほどルールに縛られる自動車になんか乗りたくないだろうし、マナーだ何だとやかましい電車バスなんかも煙たがるわけで過剰な自意識を発揮する機会がない それを十二分に満たしてくれるのが自転車というわけなのか 何かあったら人の足より速くその場から逃げられる、しかも車みたいにナンバー付けてるわけではないから一旦雑踏に紛れてしまえば絶対足がつかないので無責任に目立てる ああそうか そういうやつが自転車のサドルに跨ってるのか そりゃあ一通逆走したり信号無視したり一時不停止したり夜間無灯火だったり平気でできるわけだ その方が目立つし何かあったら逃げればいいし なるほどなるほど そういうやつら御用達の乗り物ってわけね |
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